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演奏家からのお便り10      

演奏家からのお便り、今回で10人目となる村上将規さんからいただきました。

かねもで演奏してくれた方達に期限なしのお願いをしておりまして、送っていただけた順に掲載しています。

何年前であろうとその時の感激、感動が戻って来て私たちも大変嬉しく読ませていただいています。ありがとうございます。

そしてまたよろしくお願いいたします。


2018年5月。かねもティーカルチャーホールで、これまで弾いたどのピアノとも異なる楽器に出会いました。そのベーゼンドルファー社が作ったピアノ(以下、ベーゼンドルファー)は歴史的に有名なピアニストW. Backhausのものだとか。そのポテンシャルは計り知れず、幅広いダイナミクスはもちろん、この上ない透明で澄んだ音を持つピアノは、ホール音響の素晴らしさもあり、決して他では味わえない唯一無二のコンサートを可能にしてくれました。人生不思議なもので、ちょうどベーゼンドルファーを弾く/接する機会が急速に増えていた時でした。そんな中、京都の嵐山に旅行に行った時、駅にベーゼンドルファーがあったときはさすがにびっくりしましたが(笑)僕にとっては、ベーゼンドルファーと深く付き合うきっかけを与えてくれたターニングポイントとなったのがこのコンサートでした。


 コンサートの追憶も含みますが、僕が思うベーゼンドルファーの魅力について少しお話します。ビジネス広告でよく耳にする「ベーゼンドルファーの音は至福のピアニッシモである」という文言。確かに間違いではないと思います。ただ、これは僕が思うに少々言葉足らずであり、「極めて豊かな残響・倍音を可能とするピアノ。それがベーゼンドルファーであり、そこから紡ぎ出されるピアニッシモは至福の響きとなる」といった表現が適切なのではないかと考えています。小さい音にのみ焦点が当たる傾向があるものの、"極めて豊かな残響・倍音を可能とする"ということからも、音量幅をはじめ、音色数のポテンシャルは他のピアノメーカーには見られないものであると感じています。細かい特徴はインターネットに譲りますが、1台のピアノができるまでには職人による手作業工程が多く、良くも悪くも「個体差」が大きいです。演奏者が1人1人が違うように、ピアノも1つ1つ異なった趣を持つ。これがベーゼンドルファーの魅力の1つではないでしょうか。

 また、ベーゼンドルファーに共通して僕が感じていることがあります。それは「弾き手をピアノが選ぶ」ということです。1度ベーゼンドルファーを弾いたことがある方の多くはこんなことを感じたことがあると思います。


「家のピアノと同じように弾けなかった」「思ったように鳴らない」「スタインウェイだったらもっと弾きやすいのに」等。


 僕もあります。

 冒頭でベーゼンドルファーを弾く機会が増えたことを話しました。これはベーゼンドルファーを使った本番に向けたスタジオでの練習も含まれています。僕は当日がスタインウェイだろうが何だろうが、本番前のスタジオ練習は基本行わず、だいたい家のいつも弾きなれたヤマハで練習しているのですが、スタジオ練習を取り入れた理由は、弾き方を身に着けるためでした。ベーゼンドルファーが個体差が激しいピアノであることはお話しした通りですが、その根本の「ベーゼンドルファーである」ということは共通しており、「共通部分としての弾き方」+「個体に応じた弾き方」を知ることが「ベーゼンドルファーを弾く」という結論に至っています。つまり、「ピアノとの対話」です。ピアニストからのアプローチも大事なのですが、逆に、ベーゼンドルファーはピアニストに自分の弾き方を教えてくれる側面もあるので、(かなり細かい作業にはなりますが)そのピアノに合ったタッチや弾き方、もしかしたらそれまでの自分にはなかったテクニックが得られる可能性もあります。つまり、目の前のピアノの癖を把握し、ピアノに寄り添い、ピアノの持つ独自のポテンシャルを引き出してあげる、そういったアプローチが必要な楽器がベーゼンドルファーであり、ピアニストの一方通行な要望は表現することはできない楽器であるということです(恋愛と同じですね)。一方で、楽器に寄り添うことで得られるピアノからの「音」としてのリターンは、他のピアノメーカーによる楽器では得られないものがあり、非常に興味深い楽器だと思っています。

 僕もBackhausのピアノにはかなり多くのことを教えてもらいました。最初弾いたときは鍵盤が重く感じ、どこまで深くタッチすれば理想の音がなるのかわからず「本当にこのピアノでコンサートなんてできるのだろうか」と思ったこともありました。ただ「どうやって寄り添うか」を考えて練習していると自然とピアノから歩み寄ってくれた気がして、その感触を元に、コンサートではそのピアノの良さを曲を通してお客さんにお伝えできたのではないかと考えています。Youtubeにも当日の演奏の一部を残しているので、聴いて頂けると嬉しいです。当日のプログラムも下記のリンクからご覧いただけます。


YOUTUBE: https://www.youtube.com/user/masabiotech/videos

プログラム:https://plaza.rakuten.co.jp/rosegardengala/diary/201804110001/


その後、幸運にもベーゼンドルファー(1964年製)を自宅に迎えることができ、今は弾き込みを行っています。


 現在、COVID-19は未曾有の被害を人類にもたらしています。芸術はもちろん飲食店をはじめとした多くの経済活動にダメージを与え、「コロナ禍」「with コロナ」という言葉ができたものの、なかなか安定した生活にはならないなと感じています。僕にとっても、年齢制限で10年待っていたアメリカでのコンクールが延期になったり、国内外でのコンサート活動も行えず、今は粛々と耐えている毎日です。とはいえ、嘆いていても仕方ないので、こんな時だからこそレパートリーの充実や弾き方の研究等に時間を多く割いていてます。聴いてくれる人がいてこそのコンサート、お客さんが安心して足を運んでくれるコンサートが企画でき、笑顔になってもらえる演奏ができるように。

【プロフィール】

本職は臨床開発。未承認の薬を市場に出すための仕事をしています。フランスを拠点に活動する組織・Pianestivalのピアニスト。本職とは別に国内外でコンサート活動を行っている「二刀流ピアニスト」です。「音学」ではなく「音楽」を。細かいコンクール優勝歴は以前は記載していましたが、最近は特にあまり意味がないと思うようになりました。


「音」はその人そのもの。今の演奏が僕の全てです。



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