掛川桜が見頃を迎え、春らしい陽気に心躍る土曜の午後。会場に訪れた方々の服装からも、春の訪れを感じる。
会場には青木晴美さんの木版画が展示され、彩りを与えた。透明水彩絵の具や墨を使い浮世絵と同じ手法で作られた作品は、色の重なりが作品に奥行きや広がりを生み出している。今回は『Sound』シリーズから、それぞれの作品からも音楽やリズムが聴こえてくるような躍動感あふれる作品が9点展示された。
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今回のピアニスト加藤大樹さんは、ドイツ・ミュンヘンで研鑽を積み、帰国記念コンサートを終えたばかり。今回のプログラムは、ドイツにまつわるロマン派4名の作品で構成したのだという。演奏に先立ち、加藤さん自身によって作曲家の活躍した時代背景や曲についての解説があり、曲に対する理解を深めた上で演奏を楽しむことができた。(MUSIC&ART Supportのブログ、加藤さんのTwitterにも記載されているので、ぜひ一読してほしい)
リサイタルの最初はシェーンベルクの作品。かねものコンサートではあまり取り上げられて来なかった作曲家なので、個人的にとても楽しみにしていた曲だ。
♪A.シェーンベルク:3つのピアノ曲 Op.11
聴き始めてすぐに「有機質と無機質」という言葉が頭に浮かんだ。無機質な冷たさを感じさせる、フレーズの断片たち。それをベーゼンの芳醇な音色で奏でて生まれた響きは独特の味わいがあり、初めて出会ったという印象だった。
規則正しく並ぶ音の連なりは、時に冷酷ささえも感じさせる。その中から湧き上がる感情のようなものは、戸惑いを含みながらもこちらへ何かを訴えかけてくる。どこか消化しきれないシェーンベルクの音楽は、まるで今の世相を表すかのようだ。しかし、その音楽には特有の美しさがあった。
♪R.シューマン:幻想小曲集 Op.12
8曲からなる作品にはそれぞれに題名が付いており、加藤さんは確かな技術と高い表現力でそれぞれの曲を彩り豊かに奏でた。その一部を紹介。
第1曲「夕べに」は、シェーンベルクの時とは打って変わり、しっとりと潤った音色で奏でられた。ちょうど会場近くで見頃を迎えている掛川桜を風がそっと撫で、淡い月明かりの中で揺らいでいる光景が浮かんだ。
続く第2曲「飛翔」では、音の粒が洪水のように押し寄せたのだが、加藤さんの正確なタッチによって生み出された音には濁りが無く気持ち良い。終始衰えない疾走感のまま曲は進んでいった。
第3曲「なぜに」は、優しく深く私達になにかを問いかける。
第4曲「気まぐれ」では、気まぐれに振り回される気分ってどんな感じ?と問われたかのよう…
♪R.シュトラウス(レーガー編):3つの歌曲より「黄昏の中の夢」「夜の逍遥」
シュトラウスが、コンサート前の数十分で書いたと言われている曲だという。美しい響きの中に時々あらわれる少し不穏な和音が、夢の儚さを感じさせる。
続いた曲は、愛情に満ちた音色で美しく奏でられた。
♪J.ブラームス:ピアノソナタ第3番へ短調 Op.5
ブラームスが青年期に書いた曲。ピアノソナタの出版は第3番までで終わっている。そのことを、加藤さんは「ソナタという枠組み中で、やれることはやりきったと思ったからではないか」と分析した。この曲は昨年、加藤さんがヨーロッパ滞在中によく弾いた曲とのこと。演奏からもこの曲をより深く理解し、ご自身の表現をされていることがわかる。
2曲目について加藤さんは「冒頭に詩があるのだが、詩の内容以上に曲が美しい」と語り、その美しさが十分に表現された演奏に、聴衆の心が満たされていることが表情からも伺えた。
どの曲にも熱い想いが秘められているように感じた、今回のプログラム。加藤さんは1つ1つの曲のもつ熱量を丁寧に表現し、曲に対して真摯に向き合う姿勢が感じられる。
アンコールは趣の異なる2曲が演奏された。
最後に演奏されたのは、R.シュトラウス:明日!。シュトラウスが、歌手でもあった妻のために書いたと伝えられる歌曲だ。
原詩は明日への希望に満ちた愛の詩であるが、奇しくもリサイタル当日は12年前に大きな震災のあった日。想いを寄せ、明日への希望を込めて丁寧に演奏されたこの曲を、聴衆の多くは目に涙を浮かべながら静かに聴き入っていた。その優しく包み込むような音色は、ここ数年の苦境を乗り切った私たちによくがんばったねと語りかけるかのようでもあった。
音楽はどんな時も私たちに寄り添い、力を与えてくれる。音楽がそこにある限り、未来に向かって一歩また一歩と進んでいこう。そんなことを思った春の日のリサイタルであった。
(文:M)
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