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2022.09.10 Vc.ルドヴィート・カンタ&Pf.鬼頭久美子 デュオリサイタル

秋風が吹きはじめた掛川。当日は太陽が夏を名残惜しむかのごとくさんさんと照りつけ、少し汗ばむ陽気となった。今回は会場での抗原検査が再開となり、来場者の協力のもと安心して音楽を楽しめる空間が作られた。


 会場には松浦カレーさんの版画や絵画が展示され、コンサートの合間にその独創的な世界を堪能することができた。絶滅危惧種の鳥類を描いたシリーズも展示され、来場者は興味深そうに鑑賞していた。

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 上下黒の衣装で、あたたみのある笑顔がより際立ったVc.カンタさんが登場。お二人のリサイタルは、カンタさんの無伴奏曲からスタートした。


♪カサド:無伴奏チェロ組曲

 1音目からグッと聴衆を惹きこむカンタさんの音色。豊かに響く低音、歌うような高音、要所要所でアクセントとなる深みのある重音…チェロの持つ音色の魅力を存分に味わえる1曲だ。1楽章の重厚感、2楽章の民族音楽を彷彿させる軽やかなリズムの対比は印象的だった。音域の広さを活かした演奏は色彩感に溢れ、チェロ1本の演奏にも関わらず様々な楽器で構成された楽隊や、色とりどりの民族衣装を身に纏って踊る群衆のステップを想像した。終楽章は哀愁と毅然さが入り交じる旋律が歌いこまれ、ギターのようなピチカートへと続く。コンサートの始まりからこの味わいの深さ。この先の演奏がとても楽しみになった


1曲めが終わり、鮮やかなブルーのドレスを身に纏ったPf.鬼頭さんが登場。


♪ベートーヴェン:『ユダス・マカベウス』主題による12の変奏曲

 日本では「得賞歌」として有名な「見よ、勇者の帰れるを(勇者は帰る)」の旋律が主題となって、ピアノとチェロの華やかな音色で奏でられた。ベートヴェンらしさの漂う表現が楽しい変奏は、ピアノの明瞭かつきらびやかな音の粒と、優雅で伸びやかな音色のチェロとの対話がとても心地良い。技巧的な変奏部はチェロとピアノの掛け合いが見事で、お二人の相性の良さを感じさせた。演奏後、カンタさんは「ベートヴェンは自身が素晴らしいピアニストだったので、ピアノとチェロのための曲はどれもピアノが大変」だと話し、鬼頭さんの労をねぎらった。


♪シューマン:アダージョとアレグロ

 この曲の前、鬼頭さんは「シューマンは2つの性格、とても穏やかな性格ととても激しい性格を持っていた。そんな所を聴いてもらえたら」と話された。2つの曲は、それがハッキリと感じられる展開。アダージョは、まるで歌を聴いているかのように深く歌いこんだチェロの甘い音色が印象的だった。スッキリとしたピアノの伴奏との相性もとても良く、シューマンの曲の美しさを堪能させてくれた。アレグロは、ただテンポとしてのアレグロではなく、チェロとピアノの熱が加速し聴衆の心をアレグロへと導き、聴いていて心が躍る演奏だった。

 お二人の演奏は、どちらの曲にも常に美しさと気品が漂い、シューマンの作曲の妙をより深く感じることのできた。

♪カサド:愛の言葉

 スペインの有名なチェリストであるカサドの曲。情熱的な音運び、カラッと晴れた青空を彷彿させる音色のピアノに誘われたチェロの旋律は、エッジの効いた音色を巧みに使いスペインらしさをより強く印象付けていた。熱を帯びていくチェロの音色。その音色は曲の展開によって少しずつ表情を変え、真っ赤に燃え上がる情熱的な愛と、踊りに秘めた思いを託すような深紅の愛を感じさせた。最後の音色は、愛の偉大さを表現したかのように伸びやかに放たれた。


後半は、日本の名曲からスタート。


♪成田為三:浜辺の歌

 こんなに優しい浜辺の歌を聴いたのは初めてだ。海の寄せては引く波、陽の光を浴びてきらめく水面。そこには海外の海ではなく、明らかに日本の穏やかで美しい海の景色があった。


♪滝廉太郎:荒城の月

 日本の文化を嗜み、曲間も全て日本語で話されるカンタさん。その日本への愛や想いの深さが感じられた。日本固有の侘び寂びが含まれるこの曲は、表現がとても難しい曲だと感じているが、カンタさんはチェロの音域による音色の違いを活かすことでそれを見事に表現していた。


♪ドビュッシー:前奏曲第2集より「風変わりなラヴィーヌ将軍」

 鬼頭さんのピアノソロ。日本情緒あふれる先の2曲と打って変わり、輪郭のくっきりとした音色で会場の空気をガラリと変えた。緩急の付け方が秀逸で、曲名にもある“風変わりな”雰囲気を面白おかしく表現していた。


プログラムの最後は、チェロとピアノのデュオ。

♪ドビュッシー:チェロ・ソナタ ニ短調

 1楽章ープロローグ。深い包容力のあるピアノの音色の中から湧き上がるチェロの豊かな響き。カンタさんの奏でるチェロの雄弁さはこの曲でも発揮され、深く心に響く。祈るような重音の美しさは絶品だ。

 2楽章ーセレナード。深みのあるチェロのピチカート、不穏な空気を醸し出すピアノ。どこへ連れて行かれるかわからないドキドキ感がクセになる。時折顔を出すチェロの繊細な高音は、天使か、はたまた悪魔か。どこか物語の世界に迷い込んだような不思議な雰囲気を終始漂わせていた。

 3楽章ーフィナーレ。広い空を自由に飛び回るかのように、伸びやかなサウンドで始まった終楽章。少し民族音楽のようなエッセンスの織り交ぜられた曲を、お二人も素朴な雰囲気をにじませた音色で表現する。チェロとピアノの奏でるダイナミックさが心地良く感じられた曲だった。


多彩なプログラムとお二人の熱演に、鳴り止まぬ拍手。

今日のコンサートを「すごい楽しいです!」と語ったカンタさん。「まだやる気がありますので」との言葉に、会場からは喜びの拍手。アンコールはなんと8曲も披露してくださった。


♪ドビュッシー:美しき夕べ

 ドビュッシーの世界観あふれる、美しいピアノのアルペジオに導かれたチェロの旋律はとても穏やかで、その演奏は題名そのものを感じさせる。聴衆は曲が終わっても拍手が遅れるほど、その世界に酔いしれていた。


♪エルガー:愛の挨拶

 コンサートの前日、英国エリザベス女王の訃報に接し、イギリスの曲をやりたかったと語ったカンタさん。その音色はまるでエリザベス女王陛下のお人柄のように、大きく包み込む深い愛に満ち溢れ、あたたかく気品あふれる演奏だった。


♪サン・サーンス:カンタービレ

 歌劇「サムソンとデリラ」のアリア。優美な中に慈愛を感じるその音色に、うっとり聞き惚れた。カンタさんは、この曲でもチェロという楽器の持つ可能性の大きさを物語っていた。今回は小さな男の子から御婦人方まで、チェロを習っている方々も多く来場されたと聞く。チェロの魅力をたくさん知り、表現の幅を広げ、ますます楽しんでもらいたいと思った。


♪ラヴェル:ハバネラ形式の小品

 先程までの優美な世界から一転、魔術にかけられそうな妖艶なピアノ。魅惑の世界に惹き込まれた聴衆を、情感たっぷりなチェロの旋律が迎える。繊細な表現ながらも官能的なハバネラであった。


♪ラフマニノフ:チェロ・ソナタより第3楽章

 「今日はフランスの曲が多いね...ロシアの曲もやりたいからー」と語るカンタさんに、聴衆からも笑みがこぼれる。

 曲の冒頭、ホールのあちらこちらから降り注ぐピアノの美しい音のシャワーがとても心地良い。その中をチェロの旋律が豊かな響きを伴って歩んでいく。ピアノとチェロの混ざり合い、絡み合いが本当に美しい。このシルクのようになめらかで上質な音の波に浸る幸せな時間が、このままずっと続けばいいのに


♪ジョン・ウイリアムズ:シンドラーのリスト

 心に訴えかけるチェロの音色は、今もどこかで涙を流している人々へ心を寄せているかのようにも感じた。激動の時代。心を打ち砕かれるような現実を叩きつけられようとも、人は強く生きていく、そして想いは必ず届くと信じたい、そんなことを思いながら拝聴した。


♪ピアソラ:オブリビオン

 様々な楽器編成、アレンジで親しまれるピアソラを代表する一曲。今までにこの曲を様々な演奏を聴いてきたが、今まで聴いた中で一番憂いに満ちていた。この曲に関しては、ピアソラの曲という以上特別な思いなどの解説はなかったのだが、その音色から昨今の世界での出来事が思い出され、悲しみの連鎖を繰り返すことへの嘆き、それを記憶に焼き付け二度と繰り返すことないよう未来へと繋ぎたいという強い思いを感じた。

♪ジョップリン:オリジナル・ラグタイム

 コンサートの最後を飾ったのは、軽やかで明るいジョップリンの曲。アメリカ風のキレのあるピアノの伴奏。その上で踊るようなチェロの旋律は、とても楽しげだ。お二人が今日のコンサートは楽しいと語っていたが、それを表現するような締めの一曲だった。


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 このホールの独特の響き、ベーゼンの多彩な音色を気に入られた様子のカンタさんと鬼頭さん。それを活かし、彩り豊かなサウンドで古今東西の名曲を堪能させてくれた。


 終演後、アンケートには多くの感想が寄せられ、演奏が来場者の活力となったことが伺える。お二人は一つ一つに目を通しながら、嬉しそうに微笑んでいた。

 無事にコンサートが開催でき、このような感想が寄せられることは、奏者とスタッフにとって一番の喜びである。これからもたくさんの素晴らしい音楽との出会いが、このホールで生まれることを期待したい。






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