梅田智也ピアノリサイタル終了報告

【2022/6/11 梅田智也ピアノリサイタル@かねも】




 梅雨入り間近の掛川は、晴れ間と小雨が交互に入れ替わる不安定なお天気。

そんな天気にも関わらず多くの聴衆が集まり、かねもティーカルチャーホールは久々に賑わった。コロナの影響で、度重なる延期を余儀なくされたこのリサイタル。聴衆も運営サイドも、ようやく迎えられたこの日に喜びもひとしおだ。


 開演前の会場では、同時開催の永田寿治版画展をゆっくりと鑑賞する姿が多く見られた。

音楽とアートを同じ空間でゆったりと楽しめるのは、ここのコンサートの魅力の一つだ。

ノスタルジーを感じさせる永田さんの作品は、人々の話し声、街中の様々な音、心地よい楽器の音色などがフレームの中から聞こえてくるような気がした。







延期によって、会場、使用するピアノともに当初の予定から変更となった。

それに伴い、梅田さんは聴いてくださる方のことも考え、会場の規模やピアノの特性を考慮したプログラムへと変更してくださったという。梅田さんの誠実な人柄や、ベーゼンを深く理解していることが伺い知れる。


前半はラフマニノフの作品が3曲、高い集中力を保ったまま途切れなく演奏された。



♪ラフマニノフ:前奏曲嬰ハ短調 Op.3-2『鐘』

 会場の静寂を時間をかけて待ち、研ぎ澄まされた感覚から放たれたffは、聴衆を一気にラフマニノフの世界へと惹き込む。ピアノの響板はおろか、ピアノの全てを鳴り響かせながら重ねていく鐘の音は、街中に響き渡る鐘の音そのものだった。冒頭に会場に広がった張り詰めた空気を終始保ったまま、曲は静かに終わりを迎えた。


♪ラフマニノフ:前奏曲ニ長調 Op.23-4

 1曲目とガラリと雰囲気の異なる音色で曲が始まった。

あくまで個人的な印象だが、このピアノは、音色には全体的に均整のとれた深みがありながらも、音の粒がとてもクリアに聞こえた。タッチの違いがより鮮明な色彩として現れ、この曲のドラマチックな展開を十分に楽しむことができた。


♪ラフマニノフ:コレルリの主題による変奏曲 Op.42

 会場が一体感のある静寂に包まれた中始まったフレーズは、人々の祈りのようにも聴こえた。混沌とした世の中、その中にある人々の日常。時に苦悩し、時に現実を離れ心を遊ばせる。人々の中に渦巻く言葉にならない感情たち。主題を様々に展開させることで、それらを見事に表現していると感じる曲。梅田さんは、ピアノをまるで自身の手足のように巧みに操り、変幻自在な音色と表現で奏でていた。また、途中の連符には色気を感じた。

 冒頭に祈りを感じた主題は、大きな愛に溢れた包容力に姿を変え、会場全体をあたたかく包む。その後、目が覚めるほどの躍動感を感じさせる場面を経て、最後はまるでレクイエムのような空気を漂わせながら曲を締めくくった。


 後半の演奏前には、梅田さんがピアノや今回のプログラムについてお話してくださった。

このピアノの印象について「これだけピアノが応えてくれると、いい気分になる」と語った。

 日頃から心がけていることは「ピアノからピアノの音を出さない」こと。

一番目指すのは人の声で、人の声をピアノから引きだすというで感覚で演奏しているといい、

一番ダイレクトにお客さんに響くと思うからだという。それを踏まえ、今回はピアニストの作品からだんだんと声に近づけるプログラムにしたそうだ。


♪シューベルト:即興曲第3番 変ト長調D899-3

 水の流れを感じさせる演奏。幼い頃に見た景色に思いを馳せるようなフレーズ。周りを彩る音の粒は懐かしく美しい日々を感じさせ、あたたかな気持ちになっていった。


♪ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番変イ長調Op.110

 先のラフマニノフ、シューベルトと異なる均整のとれた響きと、それぞれの声部の明確さで奏でられたベートーヴェンのソナタ。前回まで使用していたピアノ(ベーゼンドルファーModel290/1898年製)に比べ、フレッシュな響きのする今回のピアノ(ベーゼンドルファー ヨハン・シュトラウスモデルModel225/1998年製)は、梅田さんの躍動感あふれるタッチを歯切れの良い音として伝えてくれる。深い集中力から紡ぎ出されるこだわり抜いた一音一音が織りなす音楽は、まるでドラマを見ているかのようにいきいきとしていた。

 中盤、足元を大きく揺さぶる低音が鳴り響く。前回までのベーゼンが放つ低音のffは海の深さを感じさせたが、このピアノの低音は大地に轟く響きだと感じた。

 第3楽章には、変イ短調の『嘆きの歌』が書かれている。演奏後、梅田さんは「歌をテーマにした今回、プログラムは悩みに悩んだ。『嘆きの歌』は人生のどん底の歌。シューベルトの平和的な曲を先に持ってくることで色を変えた、こだわりのプログラム」だと語った。そのこだわりは、彼のベーゼンへの愛情と高い技術によって見事に表現され聴くものを魅了した。



アンコールは、贅沢に3曲聴かせてくださった。

♪バッハ=コルトー:チェンバロ協奏曲 第5番 ヘ短調 BWV.1056より「アリオーソ」

 歌にこだわったという今回のリサイタルらしく、バッハも声楽的に奏でられた。やわらかさを感じる響きの中でメロディーにも平和を感じた。


♪シューベルト:ハンガリー風メロディ ロ短調D.817

 梅田さんにとってシューベルトは「そのハーモニーに行くの?!ということがよくあるけれど、そこが好き」な作曲家なのだそう。

 シューベルトの描いたハンガリーらしさを初めて聴いたが、ハンガリーのメロディーと聞いて想像する土臭さはあまり強くなく、シューベルトらしさを保っていた。ハンガリーの気候風土を表しているようにも感じる旋律は、もしかしたら西洋とも中東とも違うハンガリー独特の魅力を、西洋人のシューベルトは少し羨ましく思いながらこの曲を書いたのかな、などと想像した。


♪シューベルト:楽興の時 第2番 変イ長調 D.780-2

 「シューベルトの曲の中で最も声に近いと思っている」ため、今回のリサイタルの最後に選ばれたという。余韻の長さも声楽に近づけていて、細部へのこだわりを感じた。あたたかい響きで会場を包んだり、明確な音色の中に繊細さを併せ持つなど、最後まで高い音楽性で楽しませてくれた。





 今回のコンサートは、普段より幅広い年齢層の方々がお見えになり、客席には若き名手や技術者たちも顔を揃えた。ピアノも100年を超えたオールドベーゼンから新たなベーゼンへとバトンが渡され、フレッシュな音色が響き渡った今回のリサイタル。ここで開くコンサートの新たな楽章の始まりを感じた。新たなベーゼンとともに、梅田さんをはじめとする優れた若い奏者や技術者たちが今後更に進化し、どう羽ばたき、このホールに戻ってくる時にはどんな音楽の世界を私たちに見せてくれるのか、とても楽しみだ。(文:M)


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