急な冷え込みが予想されていたコンサート当日。開場時間が近づくにつれ日差しがあたたかくなり、会場では過ごしやすい気温を喜ぶ声も聞かれた。このコンサートがミニツアーの最終公演ということもあり、お二人のファンも遠方から駆けつけた。
会場では、名波桃子さんのモノクロ写真展が同時開催され、モノクロながらも温かみを感じる作品の数々に多くの人が興味を示した。当日は名波さんも会場を訪れ、名波さんから直接話を聞き感嘆する人の姿も見受けられた。
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上下黒の衣装で登場したPf.栗林すみれさんとGt.藤本一馬さん。すみれさんは黒のハットを被り、オトナの雰囲気を演出する。
前半、後半ともにお二人のオリジナル曲を中心に4曲ずつの構成。
♪Road(栗林すみれ)
大切に紡ぎ出された一音目。同じ音の繰り返しがゆっくり音の海へと聴衆を引き込む。音の海からは静かに一馬さんのギターの音色が姿を現す。時折ギターの弦がキュンと鳴く音は、海にいる生き物の声のようにも聴こえる。次第に、心地よい音のうねりが会場に生まれる。お二人の相性の良さもこのうねりから感じられ、すみれさんも腰を浮かしながらピアノを弾き、楽しそうに笑みを浮かべる。曲は徐々に元の穏やかな海に戻り、星空を彷彿させるピアノのきらめく音色で曲は締めくくられた。
♪Rebirth (藤本一馬)
一馬さんがギターを変え、より深みのある音色で哀愁を漂わせる。それに呼応するようにすみれさんもしっとりとした音色を奏でる。この曲からは懐かしさも感じられ、会場に展示されたモノクロの写真ともマッチしていた。特にピアノの後ろに飾られた【手】を写した大きな作品は、作品が静かに想いを語りだすような錯覚に陥った。
♪Spring hymn (栗林すみれ)
ピアノの低弦を手で押さえ、こもった音色を創り出すすみれさん。その後に続いたのは、あたたかく祈りを感じさせるようなメロディー。すみれさんはベーゼンドルファーの放つ豊かな音の広がりを上手く用いて、曲に緩急をつける。大きなうねりに包み込まれ、体と心が解きほぐれていく。ギターは時折音色を変え、弦楽器や声のような音で彩りを与えた。
♪Even in Darkness(藤本一馬)
前半の最後は、お二人が参加しているカルテットRemboatoのCDに収録された一曲。昨今の混沌とした情勢に思いを馳せて、一馬さんが作られたというこの曲。ギターの音は、その一音一音が何かを心に訴えかけてくる。大きな時代の流れを感じさせるピアノの表現に対して、ギターはより人間味を帯びた音色を放つ。その後、二人の演奏は徐々に希望を感じさせるサウンドに変わり、曲を締めくくった。
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後半は、スタンダードなジャズナンバーからスタート。すみれさんは「過去にたくさん演奏した歌の伴奏の中で、お気に入りの一曲。そういえば一馬さんとスタンダードをやったことがないなぁと思って、リハなしでやってみました。」と茶目っ気のある笑顔で話された。
♪I’ll be seeing you
クラシック音楽のピアノを彷彿させる響きから、次第に動きを伴いながらラグジュアリーな響きに変化していく。クラシックを得意とするこのピアノの持ち味が活かされており、この会場ならではの唯一無二なサウンドが生まれる。
ギターが加わると大きなグルーブに躍動感が生まれ、Jazzならではの面白さを感じはじめると思わず体が動き出す。お二人も身体を大きく動かしながらセッションを楽しんでおり、時折口元が緩む姿も見受けられた。
♪タイトル未定(栗林すみれ)
この日は未発表曲がいくつか披露されたが、中でもこの曲はタイトルも未定というほどの新曲。初披露の場に立ち会えたことに感謝した。
この曲は、聴く人によって様々な情景が思い浮かぶのではないだろうか。ある人は草原につく風を、またある人は旅人に思いを馳せたり、かつて訪れた異国の空気を思い出すかもしれない。その心地よさに、目を瞑って聴き入る方も多かった。
♪Prayer(藤本一馬)
「人生の岐路に立った時に作った曲。いい世の中になるようにと祈りを込めて作った。」
そう話す一馬さんが生み出した祈りの曲は、クラシックで多く見られる宗教色の強い祈りとは少し雰囲気が異なり、人間味を強く感じる。大きな困難の中において、人の力とはなんと小さく儚いものか。それでも一人ひとりの小さな祈りは、必ずや世界を良い方向へと変えていけると信じたい気持ちになった。
♪Pledge of friendship(藤本一馬)
タイトルにある『friendship』という言葉がピッタリな曲。爽やかさと懐かしさを同時に感じさせる曲調は、友情を育んだあの日を思い出させてくれる。聞いているうちに懐かしい友人を思い出した。あの子は元気にしているかなぁ。
アンコール
♪Winter hymn(栗林すみれ)
親交の深かった故:ウォルター・ラングに捧げた曲。「彼はすごく上手いわけではないんだけど、聞き入っちゃう。そのぐらいすごいプレーヤーだと思った。訃報を聞き、泣きすぎて仕方なくて書いた曲」だと言う。
「イントロが涙っぽい曲」だとすみれさん自身が語るように、静かに頬をつたう涙のようなピアノの音色から始まる。あたたかな愛を感じる一曲だ。ギターのメロディーは、まるですみれさんがウォルターに伝えたかった言葉を代弁するかのようだった。ピアノは想いと愛を奏で、ギターは言葉を紡ぐ。それらはきっとウォルターにも届き、彼は微笑んでいることだろう。ずっとずっとお二人を温かく見守っていてほしいと願いながら聞き入った。
公演終了後にはCD販売とサイン会が行われた。興奮冷めやらぬ表情で今日の感動を直接伝えた方も多く、お二人も嬉しそうにそれを聞いていた。観客との距離が近く、奏者と交流ができるのもこのホールでのコンサートの魅力の一つだ。スタッフ、奏者、聴衆が皆で協力して、これからもこういう場を大切に守っていきたいと思う。
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